ご挨拶

 

なぜ、活動を始めたのか

 

私は、個人事業所 integrity代表の、<訳し家>野本仁です。2015年1月から、『希望(笑顔)あふれる未来を創る』活動をしています。
 

私は大学で得意な数学を専攻し、電機メーカーに就職しました。入社から3年間はシステムエンジニアを、4年目に得意であり好きな数字を扱う経理部に異動を申し出、退職まで事業所経理部で主に財務会計を15年担当しました。経理部から異動を願う人はいても、経理部へ異動を自ら願う人は皆無で珍しがられ、 “変わっている、ユニークな人” と言われました。行動だけでなく、考え方や発想など、いろいろな点でユニークです。
 

40歳を前にして、経営学を学びに国内経営大学院(ビジネススクール)に通学し、2012年3月に会計修士(MBA)を修得しました。専攻研究(論文)に社会学を選び、ビジネスとソーシャルの研究を深めていくなかで、「よりよい社会を創るために、ビジネスで社会問題を解決する」と心に決め、2011年12月に40歳で会社を退職しました。
 

退職からの3年間、研究テーマから問題意識を強めた「子どもの貧困」「教育」のソーシャルビジネスの起業準備をしましたが、ファイナンスなどの経営課題を解決できず起業を断念しました。そして2014年のいろいろな出会いが、生き方・働き方の意識を大きく変えました。
 

そこで改めて、「何がしたいのか」「何ができるのか」と問い続け、「私のスキルと経験を活かした経営サポート(←できること)で、社会をよくする(←したいこと)」と決め、2015年1月に個人事業所 integrityを設立しました。
 

設立当初は課題解決型の経営サポートをしていましたが、私がしたいことは “課題解決” ではなく、希望(笑顔)あふれる未来を創ることに気づき、“未来創造” 型の経営サポートです。
 

 

なぜ、経営づくりを始めたのか

 

「社会をよくする」との想いから3年間起業を目指しましたが、起業を断念しました。断念したからこそ、「私のできなかった起業をしている起業家や会社を尊敬し、サポートして役にたちたい」「サポートすることで、社会をよくしたい」との新たな想いが芽生えました。
 

私自身、主役タイプではなく主役をサポートするタイプであり、起業家などのリーダーや経営スタッフを支える側の方が無理することなく自然体でできます。どのようなカタチで経営サポートができるかを考え、私のスキルと経験からの強みである『経営づくり』を中心にした経営サポートを始めました。実際、ソーシャルセクターでは苦手な経理などの経営サポートそして寄り添うようなサポートを必要とされていました。
 

「想い(ソーシャル)がカタチ(ビジネス)にならない」
 

多くの起業家たちに共通する悩みがあることに気づきました。起業家は強い想いから起業を始めますが、起業してからの経営(マネジメント)で大変苦労しています。共通の想いを持った仲間同志で活動を始めてはみたけれど、気づくと経営経験がなくどのような経営をしていいのかわからず、また相談する相手もいなく、マネジメントの運営が大きな課題でした。
 

特に、強みでもあったファイナンスが原因で(収益が全く合わず)起業を断念したこともあり、強みを活かした経営サポートをして経営を支えたいと強く想いました。
 

ソーシャルセクターは感性で行動される人が多く、数字や論理的に考えることが苦手な人が多い。数学が得意で、経理を15年間経験し、国内経営大学院で経営学を修め(会計修士)、そして超ビジネスライクの考えをもつ、マネジメントの運営などが得意な、私の経営サポートがソーシャルセクターでは必要とされました。
 

私には “できなかった” 起業をした組織の、“できなくて” 悩みサポートを必要としているマネジメントが、私の “できる” ことであったので、経営づくりのサポートを始めました。
 

 

なぜ、レポートづくりに変えたのか

 

経営サポートには大きく「創る、描く、伝える」の3つのプロセスがあり、『経営づくり』は “創ると描く” の2つで、私がしていた経営サポートは主に “描く” サポートでした。
 

約15年間、ルーチンワークの経営を描く仕事をしていたので、マンネリ化して楽しさや面白さがなくなっていました。それ以上に退職してからは、今までしなかったビジョン・ミッション・理念・企業価値・ビジネスモデルなどの経営を創るサポートの方が面白く、また何かを創り出すという楽しさもあり、経営づくりの内容を “描く” サポートから “創る” サポートに変えました。
 

活動を始めてから、いろいろな組織(営利/非営利に関係なく)で経営づくりのサポートをして、気づいたことがあります。私が知らなかっただけで社会にはいい会社が数多くあり、年々増えていること、そしていい会社を応援・支援する人も増えていることです。2016年9月に突然ある疑問が頭をよぎりました。
 

社会をよくしようとする会社や人が増えているにも関わらず、なぜ社会がよくなるスピードは速くならないのか。
 

それは、いい会社の情報(存在)が幅広く伝わっていないからです。応援・支援する人はいい会社に意識を向けているから知っていますが、多くの人はいい会社の存在に気づいていません。素晴らしい経営づくりをしても、伝わらないのであれば、意味をなさないことにも気づきました。また、“経営活動を伝える” 経営サポートが圧倒的に少なく、 伝えることの大切さをいい会社が意識していませんでした。
 

私たちが知らない/気づいていないだけで、私たちの周りには未来の兆し(希望の光)がすでに起きています。この起きている未来の兆しを知れば行動する人が増え、行動する人が増えれば社会や未来はよくなると私は強く信じています。
 

今まで伝える経営サポートをした経験はありませんが、伝えることの必要性や活動に意味があることを知り、できるかどうかは深く考えずに2016年9月に、「未来の兆しを伝えることで、未来をつくる」と役割を『レポートづくり』に変えました。
 

 

なぜ、経営づくりに戻ったのか

 

企業レポートの統合報告を学んでいく中で、「レポートづくりが経営づくりにつながっている」ことを知りました。レポートづくりを研究すればするほど、経営づくりへの気持ちが再び沸き起こっていきました。
 

レポートづくりの活動は厳しく、営業活動をすればするほど思い悩みました。始めは一般受けするように私の想いを隠して客観的な視点でレポートづくりの意味・意義を説明していましたが、相手に響かず届きませんでした。
 

一年ほど経った頃、今までとは反対の説明に変えました。私の想い(思想)を前面にだした説明に変え、私の想いに共感してくれる会社を全力で経営サポートすることに決断しました。しかし前以上に現実は厳しい状況でした。2018年に入り、「私の想いに共感してもらえなければ、社会に共感してもらえるレポートを創ることはできない」と覚悟を決めて営業しました。
 

共感してくれる会社は何社かありましたが、共感が実績にはつながらず、一人での活動に限界を感じ、2018年4月にレポート制作会社との共創へとアプローチを変えようとしました。最後の営業活動中に訪問した会社の担当者が私の想いや活動に強く共感してもらい、予想もしていなかった助言をもらいました。
 

「レポートづくりのプロセスよりも、強みを活かすことで、他社にはない経営サポートができると思います。」
 

予想していなかった助言に最初は戸惑いましたが、今までの活動やマネジメントそして個人的探究を振り返ると新たな強みも発見し、私だけの経営づくりができることに気づきました。
 

仕事に活かすためにいろいろ思索探究をしてきたことが、思索研究したことが仕事そのものになるという発見をしました。以前の経営づくりに戻ったのではなく、今は私にしかできない経営サポートができるようになって戻ってきました。
 

思想や思考に拡さと深さを携え、大きく磨きをかけ、私の強みをアップデートして、経営づくりに戻ってきました。