私の歩み

 

( 1st stage ) 学生時代から退職まで < ビジネス・理性 >

 

大学では得意な数学を専攻し、電機メーカーに就職。システムエンジニア(SE)として配属され、社内の営業システムのシステム開発に携わる。入社4年目に、10年後SEとして仕事をしている姿が見えず、得意であり好きな数字を扱う経理部に自ら異動を申し出て事業所経理部に異動、約15年財務会計を主に担当。経理業務の効率化の仕組みづくりやSEの経験を活かして事業所独自の経理業務システムをいくつか構築する。
 

就職から10年経過した時に自己啓発としてファイナンシャルプランナー(FP)を勉強し、AFP/CFPを独学で取得。取得後資格を活かした社会貢献を考えるもFP単独での活動の厳しさを知り、仕組みとしてプラットフォームの必要性を感じ、経営学を学びにビジネスクール(国内経営大学院)に通学し会計修士(MBA)を修得。経営学を学ぶとともに専攻研究(論文)に社会学を選ぶ。研究を深めていくなかで、「ビジネスで社会問題を解決する」ことを決め、2011年12月退職。
 

(研究テーマ)
「母子家庭における貧困の世代間継承に関する研究 ~解決策として教育サポートの有効性を考える~」
 

 

( 2nd stage ) 退職から起業準備 < ソーシャル・感性 >

 

研究テーマから問題意識を強めた「子どもの貧困」「教育」のソーシャルビジネスの起業準備を始める。教育現場を知るために教育系NPOでプロボノとして活動、また学習塾で子どもに勉強を教える。勉強が苦手な子どもたちと向き合うことで、今までの考え方を大きく改めることとなる。
 

「人(社会・世界)を変えたいなら、自分がまず変わってみる。
 自分が変わることで、人(社会・世界)も変わる可能性がある。」
 

3年間、ファイナンスを中心にした様々な経営課題の壁の前で思い悩み、立ち止まる。2014年にハーバード社会起業大会のスタディツアーに参加し、起業家に向いていないことを実感する。また同時に、ビジネスマン時代には出会えなかった人たちと出会い、彼らの生き方・働き方から、働き方の意識が大きく変わる。
 

「生き方・働き方は別ではなく、同じ道にある。」
「仕事は無理してでも頑張るから、楽しみながら頑張る。」
 

また、京都からできる東北復興支援活動を始める。
 

 

( 3rd stage ) 現在 < 中性 >

 

「起業をしたいのか」「誰のために起業するのか」「課題を解決したいのか」「本当に何をしたいのか」を半年間問い続ける。その中で、多くの起業家たちには共通する悩みがあることに気づく。
 

「想いが、ビジネスとして成り立たない」 「想いが、社会に伝わらない(評価されない)」
 

そして、次のことに思い至る。
 

「課題解決は、 “私が” でなくても、 “私でない” 組織がしても同じ」
「共通する悩みの解決は、 “私の” ビジネス経験と経営スキルで解決できる」
「より多くのいい組織をサポートできれば、多くの課題を解決し社会は変わる」
 

“社会をよくする(未来を創る)ために/私が/一番力を発揮できる/経営サポートをする” ことに決め、個人事業主(フリーランス)で活動を始める。
 

当初は課題解決型の経営サポートをするが、私がしたいことは課題解決ではなく、希望(笑顔)あふれる未来を創ることに気づき、未来創造型の経営サポートに変える。