進化と変化、そして適応へ

 

先月からもう一度、マネジメントについての探究を始めた。
過去に読んだ本の中で、今読んだ方がよさそうな本を読み返し始めた。
読み返していく中で気になり、意識している言葉がある。
 

進化と変化

 

似ているようだが、全く違う。
 

それぞれを記号で顕すなら

   進化 : A → A’
   変化 : A → B
 

記号ではなく知っている言葉に置き換えてみると

   進化 : アップデート、バージョンアップなど
   変化 : イノベーション、パラダイムシフトなど
 

文章にすると

   元々在ったもの(A)を活かして発展させる(A’)のが、“進化”。
   元々在ったもの(A)とは全く異なるものに変わる(B)のが、“変化”。
 

この数年の私は間違いなく、“変化”に意識が向いていた。
 

人の、組織の、社会の、意識の、心理の・・・。

過去から現在の、現在から未来の。

 

“進化”という言葉に意識が向き始めたのは、バドミントンの桃田選手。

 

ある時までは全く知らなかったけれど(バドミントンにすら関心なく)
ある時以降の彼の言動や行動の“変化”に感涙し、心惹かれ
彼のことを記事を読んでいくうちに、ファンになった。
 

彼はインタビューで次のように語っている。

 

復活ではなく、進化を目指している。

 

変化ではなく進化。

 

私は、彼は“変わった”と思っていた。
しかし、彼は“進化”を目指すと言った。
 

この言葉を目にした瞬間、強い意志と覚悟を感じたことを今でも覚えている。

 

今までやってきたことを否定して変わるのではなく
今までやってきたことを肯定しつつ
今までにない何かを身にまとって戻ってきた感じがした。
 

遺伝子などでよくいう螺旋(スパイラル)のイメージが目に浮かんだ。
そしてどこまで螺旋を描いていくのか、楽しみになった。

 

螺旋は荒々しく激しい渦ではなく、神々しく澄みきった透明な渦。

 

 

先日紹介した「ティール組織」では
進化型組織や進化型社会など、“進化”という言葉を多く使っている。
 

半月前からティール組織に関する記事をいろいろ読み、気になった表現があった。
 

本や多くの記事では“存在目的”と表現している。
しかし、“進化する(進化し続ける)目的”と表現している記事もある。
 

文脈からは主旨は大きく違わないことがわかる。
ただ、何とも言えない違和感が沸き立ち
そして探究心、好奇心のスイッチが久々に押された。
 

“存在目的”については
普段似た言葉(存在意義)を使ったり
東洋思想の存在論や認識論に関心があるので
立ち止まることなく、読み続けた。
 

しかし、この“進化する目的”という言葉が目に入った瞬間
今思い返しても不思議だが
立ち止まり、思わず唸ってしまった。
 

「目的が進化する」とはどういうことか。

 

目的は一度決めたら変わらない、いや変えてはいけない。
目的を変えると、目的に向かうプロセスまで変わり
プロセスに関わる全てに、混乱をきたす。
だからこそ、安易に変わらないよう目的をたてるのではないか。
 

しかし同時に、以前から持っていた疑問が顕れた。
 

行動していく中で、考え方などが変わることはある。
考え方が変われば、当初描いた目的を変えてもいいのではないか。
 

目的に囚われ縛られることで、行動に大きく制限がかかる。
行動に制限をかけることで、可能性の扉を閉すことにならないか。
 

目的をたてることが果たしていいのか。

目的を変えてはいけないのか。

そもそも目的をなぜたてるのか。
 

答えがないまま、悩んでいた。
 

“進化”と“変化”についていろいろ考えてきた。
考えすぎるぐらい考えた。
 

なぜ、あえて異なる言葉があるのか。

なぜ、同じ筆者にも関わらず両方の言葉を使っているのだろうか。
 

統一しない理由、そしてあえて分ける理由。

 

このケースは、どっちがいいのだろうか。

ここに書かれているのは、どっちだろうか。
 

どちらかを選ぶとは、残りを捨てること。
どちらかを選ぼうとする度に、違和感が膨らんでいった。
 

今にも違和感が割れそうな時に
読み返していた本にあった言葉が目に飛び込んできた。

 

適応

 

“適応”は、進化も変化も含んだ言葉である。
 

どちらかを選ぶのではなく
どちらも含んだ、いや二つの向こうにある言葉に触れた瞬間
両方が手の中にしっくり収まった。

 

進化か、変化か。

 

手の中に収まると、言葉が溢れだした。
 

起こっている時は、進化か変化かは決してわからない。
結果がでて、振り返って始めて、どちらかがわかる。
 

進化だと思っていても、月日が経ったある時に
実は変化だったと気づくこともある。
 

何かが起こっている時に選ぶことは決してできない。
 

起こっているその瞬間、反応しているだけ。
いや、適応しているだけ。
 

進化か変化かと意識することなく
無意識に起こっているだけ。
 

ここに辿り着いた瞬間、これから探究したいことが浮かび上がってきた。

 

無意識の組織化、無意識のマネジメント

 

 

この言葉が顕れた瞬間、以前から探究していたことと重なった。

 

無意識の顕在化

 

今書きながら、桃田選手の言葉から感じたこととつながった。

 

無意識の顕在化から組織化(マネジメント)も、螺旋であることに。