何を続けなければいけないのだろうか。

 

知り合いのSNS上の投稿を読んで、頭の中をいろいろなものが駆け巡った。
駆け巡ったことを散文的に書くことにした。
 

投稿内容は、あるイベントでの登壇者の話の紹介。
「そもそも会社は続けないといけないのか」的な問いの紹介だった。
 

会社は永遠に続けていくものだろうか。

(いや、違う。)

 

では、いつまで続けていくのか。

 

この問いが浮かんだ瞬間、思考が止まった。
そして、コトバが駆け巡った。
 

コトバにコトバが反応し、頭の中で、対話が拡がっていった。
対話が繰り返されることで、掘り下げることができた。
大切なことに気づくことができた。
 

なぜ会社を続けるのだろうか。

会社は続けなければいけないのか。

 

後継者がいなくて廃業した会社の話をよく耳にする。
廃業した会社の中には、高い技術のある会社もあり、残念に思えた。
遺していきたい会社が廃業することは悲しいことであり、
続けられるようなサポートを今まで考えてきた。
 

しかし冒頭の問いから、「続ける」というコトバが目の前に大きく、勢いよく顕れた。
 

会社を遺すことは大切なことであり、残ることでいいサービスを受けることができる。
会社で働く人にとっても、当然会社が続くことは暮らしていく上で大切ではある。
会社には、“安定”や“安心”などが在るからだ。
 

しかし一般的な意見(その時の私も)として、

会社がなくなることを本当に残念に思っていたのだろうか。

 

恐らく、会社ではない。
技術などがなくなることを残念に思っていたのだと思う。
そこで、次の問いが顕れた。
 

何を続けなければいけないのだろうか。

 

続けることが目的なのか。

 

いや、違う。
続けることを目的にすることで、人が、会社が、社会が、疲弊していく。
そのような現場を目の前で見てきた。
 

私の前職は電機メーカー。
 

パソコン事業を撤退するかどうかの判断が遅く
どうすれば事業を続けられるかばかり考え、遅すぎる撤退の結果
多くの人が疲弊していった。
もっと早く決断をすれば、多くの人が苦しむことはなかった。
 

続けることを目的にすると、正しい経営判断は下せない。
ただし、何が正しいかは、後になってしかわからない。
 

目的を実現するためには、何が必要なのだろうか。

 

目的を実現する手段の一つとして、続けることは必要ではある。
続けるとは、目的ではなく手段にすぎない。
 

手段にすぎないことが強くなると、目的に変わる。
手段が目的になってしまう。
 

目的である想いを実現するために、会社を続けることは大切である。
 

想いは変わらないものだろうか。

 

変わらない想いもあれば、変わっていく想いもある。
 

人生を歩んでいく途中で、
変わらない想いもあるが、変わる想いが在った。
私もそうだったし、多くの人もそうだろう。
 

想いを実現できたら、新しい道を探して歩いていく。
また道を歩きながら、新しい想いが起こっていく。
 

このように駆け巡った先に、もう一つの“続ける”ものが顕れた。
 

変化を続けること。

 

人は変化していく。
社会も変化していく。
会社も、人や社会の変化に応じて、変化していく。
 

大きな目的や目標は重要ではある。
しかし実は、大きすぎる故に変化できなくなってしまう。
変化することを恐れてしまうからだ。
 

会社が大きくなればなるほど、変化したくても変化できない。
恐らく多くの経営者の悩みの種ではないだろうか。
私たちも、日常の中で同じことを思っている。
 

今の安定・安心できる場から変化することを選ぶことは、勇気がいることだ。
しかし考え方を変えれば、変化できる環境があることは素晴らしいことだ。
変化を続けられるようにするためにも、安心できるような環境を整えていきたい。